♯06

おかジョーOKA JO
さっぱりとした性格だけど、
じぶんの意見をもっている。
温泉で歌う声がすごく大きい。
好きな食べ物:かぼすジュース
大分県「岡城」
画像提供元クレジット:竹田市教育委員会
  • 別名:臥牛城、豊後竹田城
  • 所在地:大分県竹田市大字竹田
  • 築城年:文治元年(1185年)(伝説)慶長元年(1596年)
  • 築城者:緒方惟栄(伝説)中川秀成

断崖絶壁上に石垣が連なる難攻不落の堅城、岡城。

その歴史は古く、大蛇(嫗岳大明神の化身)の子孫とされる緒方惟栄が、源義経をかくまうために築城したという伝説にはじまります。時は流れ、天正14年(1586年)の豊薩合戦の折、キリシタン武将志賀親次は岡城に籠城し、その要害堅固かつ複雑な地形を巧みに利用し、鬼島津こと島津義弘率いる大軍を食い止めました。

島津義弘は相手の志賀親次を「天正の楠木正成」と讃えました。その後、岡藩初代藩主中川秀成公により岡城は総石垣造りの近世城郭へと大改修されます。

文禄3年(1594年)から慶長元年(1596年)にかけて本丸・二の丸・三の丸など主要な曲輪や大手門などの登城口が完成し、寛文4年(1664年)には3代藩主中川久清公により西の丸が整備されました。

明治期に廃城となり、城内の建物は全て取り壊されましたが、今も残る三の丸北側から二の丸にかけてジグザグしながら続く高石垣は、壮大かつ美しく必見です。夭折の音楽家、瀧廉太郎が残した名曲「荒城の月」は、少年時代を竹田で過ごした彼がよく遊んだ岡城跡をモチーフにして作曲したと言われています。

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