♯43

みのわジョーMINOWA JO
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ふだんは湯もみのバイト、
週末はアウトドアな生活。
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群馬県「箕輪城」
画像提供元クレジット:高崎市教育委員会
  • 別名:なし
  • 所在地:群馬県高崎市箕郷町西明屋・東明屋
  • 築城年:西暦1500年頃
  • 築城者:長野氏

西側には榛名白川、南側は榛名沼が天然の水堀となり、南北約1,100m、東西約500mという広大な城域を大堀切で南北に分断し、河岸段丘の地形を活かして造られた箕輪城。
戦国時代初期に関東管領山内上杉氏の重臣長野氏によって築かれ、その後武田氏、織田氏、後北条氏、徳川氏の城となります。

1590年徳川家康の関東入りに伴い、徳川四天王の筆頭・井伊直政が城主になり、城を近世城郭に改修しましたが、その後わずか8年で直政は高崎城を築いて居城を移し、箕輪城は廃城となってしまいました。

現存する遺構は直政の城主時代に造られたものが少なくなく、主郭周辺の石垣の多くは直政が城主時代の遺構とされています。
2014年から伝統的工法で復元を進めていた、井伊氏時代(16世紀末)の郭馬出西虎口門が2016年に完成し公開されています。

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